東北一周紀行2006@第六章秋田望郷篇
秋田市である。
秋田には行かねばならない場所があった。
久保田城である。
諸兄は岩明均先生の『雪の峠・剣の舞』という短編作品はご存知であろうか?
何?知らない?
とりあえず読め。
話はそれからだ。
読めば必ず秋田の久保田城、源氏の名門佐竹氏の居城へ行きたくなる事は間違いない。
なんか微妙な写真しかない。
とりあえずだ、もっと時間があったらだ、もっともっと秋田に居たかったね。
なんだろね。
青森と秋田って全然雰囲気が違うんだよね。
うまく書けないので、もう一度行くしかないんだよな、やっぱし。
秋田には酒田市がある。
酒田市には写真展示館がある。
言わずとしれた土門拳記念館である。
まだこの頃はへっぽこもいいとこへっぽこというのか、知識もろくにない写真好きだったが、土門拳ぐらいは知っていたよ。
土門拳だ。
名前が強い。
癖も強い。
木村伊兵衛、という響きの飄々としたなにか商売屋の旦那ぽさとは大違いである。
この頃知っていた写真家の名前と言えば、木村伊兵衛、土門拳、中平卓馬に森山大道に須田一政とか。
中でも土門拳の持つパワー感は桁違いだろう。
なんかつえーおじさん感が凄い。
黒澤明とか、円谷英二とか、昭和のパワー感。
ここでパワーをもらった、と思っている。
なんのパワーかは知らんが、なにかもらった。土門拳から。
勝手にそう思っておる。
展示はきちんとしてるんだけど、もっと、こうパワー感が欲しいね。
僕なら神社を建立する。
写真神社ね。
あと誰でも土門拳になれるパネルとか、土門拳まんじゅうとか、そういうパワー感が欲しい。
ちょっと上品すぎた。
だけど酒田市は上品なんだよね。
また来たいね。
ほんと青森とは全然違うんだよね空気感が。
秋田から新潟へ向かう。
後は帰るだけ、というかお仕事が迫ってきていた。
いや、仕事を理由にしていたのかもしれない。
わからないが、五日間でやれることはやったし、やり残した事もある。
だけどやってやった感はある。
往き生まれたのだよ。
正直言ってさ、インドより東北の方が僕には生死のカオスな輪廻があったね。
今から思えばお遍路にも近いのかもしれない。
巡礼というのだろうか。
もっと今なら楽しめることもあるのだろうけど、あの時の僕にはあれが全てだったんだろうね。
新潟まで入ると夜だった。
あとは中央道まで出れば、名古屋まで六時間。
ほんの六時間だ。
もっと旅をしていたい、だけど帰りたい。
無限の時間と無限の予算があれば、どれだけ楽しいだろう。
しかし現実はそうではないのが自分であるわけだ。
帰って仕事、それが現実だが、今思えば生まれ変わったのがこの夏の3千キロの旅路だったのだな。
今度はもっと上手くやれる、はずだという思い込みが僕には常にある。
この時に学んだのが、思い込みは失敗の元であるって事だ。
そして大事なことは、確信だよ。
思い込みという情報より、確信という経験。
これだね、やっぱりね。
そして、戻れるのならもう一度戻りたい時。
これだけ素晴らしい時間を過ごせた幸せと、もう一度やり直したい後悔と。