シン456理論
オジ(‐◎✹◎‐) サンは気がつけば44ちゃい。
もう老い先短いわけ。
だからさ、オジ(‐◎✹◎‐) サンはさ、遊び尽くしておきたいってわけ。
わかる?今でしょ?なわけ。
遊びのラストチャンスは林修。
ぶっちゃけ遊びを教えてくれた先輩方が今50代60代。
元気だけどさ、あの頃とは違う、あきらかに違う。
こっちも野暮なことは聞かない言わない、だけどわかるんだよ、あの頃とは違うって。
大人になったってことだ、そういうことだ。
だけどオジ(‐◎✹◎‐) サンはまだまだおこちゃま。
44ちゃいはお子様だよ皆の衆。
わかれよ、な?
で、だ。
遊ぶって何?
実は遊ぶってのがわかってるのかわかってないのかどっちなんだい?って話。
①遊びに定義はあるのか?問題
遊ぶってのは何か?
だいたい大人の遊びってのはステレオタイプなわけ。
そうだろ?メディアやネットに出てくるような大人の遊びってだいたいワンパターンだろ?
有名人や芸能人やわけのわからん会社のおっさんがやってる遊びってワンパターンだろ?
なんでかわかる?あれ仕事なんだよ。
遊びと言う名前の仕事。
そういうのは遊びじゃないだろ。
遊びなんだから自分の楽しみのためだけにやるのが遊びなんだよ。
これが第一定義な。
で、だ。
じゃあ何やるの?って話。
なんでも良いんだよ、遊びなんだから。
やりたいことやれよバカ。
大事な点は自分にとって遊びか遊びでないかだけだろ?
ゴルフやクラブ遊びだけが遊びか?違うだろ?
メシ食うだけも遊びに変えられるんだよ。
それが第二定義な。
例えばだ、メシだって遊びにできる、それはどういうことかってこと。

これはオジ(‐◎✹◎‐) サンが先日食べた松のやの盛り合わせなんだけどさ、これはオジ(‐◎✹◎‐) サンの中で遊びなんだ。
独りで言って、メニュー組み立てて、好きなように食う。
それでオジ(‐◎✹◎‐) サンは楽しい、遊びだからだ。
だけど遊びとしては少し失敗した。
まず盛り合わせは多い、ロースかつにササミフライ二本は多かった。
値段も上がりすぎた。
だけどキャベツ追加と大根おろしポン酢は正解だった。
次回はササミフライだけで充分だろう、それにキャベツと大根おろしで良い。
それよりサイドを増やした方が楽しそうだ。
そういう展開を考えるのが楽しいわけ。
金をケチるわけじゃない、最低限の投資で最大限の満足度を得るのが愉快だろ?やっぱし。
その愉快さを求めてるわけ。
それがシン456理論の骨格なんだオジ(‐◎✹◎‐) サンの中でのな。
②シン456理論とは?
シン456理論、まぁ456と略しておるが、要はチンチロよ。

チンチロは1のゾロ目のピンゾロが一番強くて、次にゾロ目なんだ。
そして456がある。
シゴロな。
456はかなり強い目だが、ゾロ目があるから最強ではない、だけど出たら実質最強だ。
だけど出ないぞ、456って。
そこをあえて狙う、チンチロは狙っても出ないけど、遊びなら456は狙える。
遊びでゾロ目ってのもある、あるけど遊びでそこまで求めるのも正直疲れる。
遊びでのゾロ目は、まぁ年に一回あるかないかだろ?
それより遊びの456は確実にある。
じゃあ何がそれなんだって話。
オジ(‐◎✹◎‐) サンの中で遊びの456は、まず「狙った通りに遊んで一定以上の満足度があった場合」なんだ。
そう、狙うってところがミソな。
オジ(‐◎✹◎‐) サンの中で遊びのゾロ目は狙っても出ない役。
456は狙ったら出るかもしれない役。
だから遊びの456はまずもって「オジ(‐◎✹◎‐) サンが計画して、計画通りに遊んで、さらに満足度があった場合」となる。
そして456狙うのが遊びで一番おもろいんじゃないかってところがシン456理論だ。
③シン456理論での遊びとは?
シン456理論は簡単明快であって、オジ(‐◎✹◎‐) サンが計画してオジ(‐◎✹◎‐) サンが実行してオジ(‐◎✹◎‐) サンが満足したらそれで良いってわけ。
大事な点は計画。
大人の遊びって計画なんだよ。
若い頃は無計画で良かった。
出たとこ勝負で遊んだ、楽しめた。
だけど44ちゃいとなるとだ、だいたいの遊びってやっておるわけ。
新鮮さは無い、好奇心もワクワクも無い、あっても昔ほど楽しくない。
そこでだ。どうしたら楽しいか。
それは計画なんだ。
計画は楽しいんだ。
計画とは未来があるってことなんだよ希望があるってことなんだよ。
だから楽しいんだろ?人生。
人生のだいたいがわかっちゃったのが44ちゃい。
だけど、そこで大事なのが計画になる。
だいたいわかっちゃってると夢も希望も無くなる、が、計画があると夢と希望が持てるんだ。
それがシン456理論の遊び。
④シン456理論の実践
シン456理論は計画で決まる。
この計画を立てるからこそのシン456理論。
計画とは何か?
まずスケジュール管理だ。
どの日にどう遊べば最適解なのか?そこである。
今まで出張があればだ、その出張の中で息抜き的に遊んだ。
だけどそれは456じゃない。なんか違う。
出張そのものは遊びにならない。
だけど計画立案で組み立てを変えるんだ、そうすると出張そのものが遊びになる。
仕事は消えないが、組み立て次第で出張の意味合いが変わってくる。
食事一つが遊びになる。
今までだったら出張先で関係者と飲み食いしておった。
それが出張の中の遊びだったんだが、そういうのを組み立ての時点で排除した。
先日の出張だったらホテル選びでまずサウナがあるところにした。
サウナがあれば、サウナがメインの遊びになる。
サウナをメインにしたら食事もサウナとサウナの間に挟もうとなる。
食事もあらかじめリサーチして、計画できる。
その後の部屋での過ごし方一つも計画して遊べる。
次の日は帰り道にスパセンをリサーチして、そこをメインにする。
そして食事もリサーチして計画、立ち寄るSAも計画、お土産も計画。
さらに帰宅前に寄るマッサージも計画。
すべてが遊びになるから、出張がメインでなく、いつのまにか遊びがメインで出張がおまけになる。
日常の空いた時間を見つけたら、遊びを入れ込む。
趣味のために時間を作る、休みの日は遊ぶ、じゃない。
仕事や生活の中でどうやったら遊べるか、何を遊びにできるか、そこである。
そういう発見と計画がシン456理論の実践になってくる。
⑤シン456理論の実践その2
シン456理論とか言うけど、やってることは今までと変わらなくね?
それはそうだ。
オジ(‐◎✹◎‐) サンはずっと遊んできた。
遊ぶ量を増やす、という話でもない。
スキマ時間を遊ぶ、という話でもない。
根本的には意識改革で人間革命である。
なんつーのか、その、アレだ。
遊びに目的意識を持たせるみたいな?
今まで惰性とか何となくって感じだったのを意識改革してみたっていうの?
そういう感じ。
ぶっちゃけさほど意味はない。
意味はないんだけど、意味をもたせたい。
ただマッサージ行くだけのことに意味が欲しい。
遊びって結局は行き当たりばったりも意味が無いのもつまんなくね?
お菓子買うだけでも意味を持たせたら趣味じゃね?
シン456理論っていうオジ(‐◎✹◎‐) サンが勝手に言い出した「意味」がオジ(‐◎✹◎‐) サンの中でおもしろいんだよ。
で、だ。
シン456理論は「オジ(‐◎✹◎‐) サンが計画してオジ(‐◎✹◎‐) サンが実行してオジ(‐◎✹◎‐) サンが満足したらそれで良い」という前提と骨格がある。
それをルール化することで「遊び」になる。
遊びってのはルールがあるから遊びなんだ。
不自由だから自由が味わえるんだろ?それと同じだよ。
オジ(‐◎✹◎‐) サン的にシン456のルールは一つある。
「オジ(‐◎✹◎‐) サンが遊びだと思い計画したものが3点以上あった場合に456となる」
だ。
要はサウナ+メシ+マッサとかな。
そういう感じで3点遊びがあれば456になる。
ゾロ目ってのはサウナだけで大満足以上の何かがあるとか、そういう感じかもしれんな。
遊び3点を揃える、これだよ。
44年の人生振り返って、大満足って結局3点で満足得た時が多いからな。
旅行でもそうなんだよ。
旅行だけなら1点だろ?
それに付随して何か達成して満足するから456になる。
だからオジ(‐◎✹◎‐) サンは456を狙う時は3点で組み合わせて組み立てるわけ。
⑥シン456理論の実践その3
計画と実行、そして3点ルール。
これだけ揃えたら456、だったら思いの外日常でも揃えやすくね?
おうよ、そういうことよ。
実は日常で狙って揃えやすいわけだよ。
そこがキモ、狙い目。
例えば夜に会議がある。
その前後は空いている。
会議前にサウナからの会議、そしてメシ、そしてマッサ。
それだけで456になるよな。
だけど無意識だと456って気が付かない。
だからこれは頭の遊び、気付きなんだな。
会議があるな、前にサウナいっとくか、だけだと揃わない。
会議後にメシ行くだけなら、ただの日常生活。
それに意味を持たせるから遊びになるし、遊びだからこそ意味を持たせたい。
だからルールを設定すると、日常生活が遊びにできる。
逆にルールを組み合わせ3点にしておくと、どんなささいなことでも遊びにできるよな?
それがシン456理論の良い点だ。