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映画雑感『スカイ・クロラ The Sky Crawlers』

オジ(‐◎✹◎‐) サンは忙しいのだ。

仕事家事子育て。

だから映画を観る時間が無い、自由になるのは午後10時か11時ぐらいとなる。

となると次の日の事を考えて3時間映画は午後10時がリミットで、午後11時からだと2時間映画がよろしい。

先日はKindleのTVのアップデートもあって午後11時からのスタートなので2時間ぐらいの映画にした。

で、途中まで観ていた『スカイ・クロラ The Sky Crawlers』を最後まで観ようって事に相成ったわけ。

オジ(‐◎✹◎‐) サンの好きな押井守監督作品なのだが、今作はどうも気が進まず途中でやめていたのだ。

理由としては眠くなるほど静かで何だかなかぁというところだけ。

押井守作品なのでオジ(‐◎✹◎‐) サンごときがとやかく言うことは根本的に無である。

だけどさ、好きだけどさ、気が進まなってあるじゃんね。

で、一度そうなるとさ、仕切り直しってのがさ、必要じゃんね。

時間的な事もあって先日は仕切り直しにちょうど良い日だったのだ。

雑感としては押井守作品だけど根本が森博嗣作品で説明の省き方やわからせない作り方とか、絶妙に良い感じでシンクロしている感が良いと思いましたまるである。

ヒコーキ映画と書くと軽薄すぎるので嫌いだが、映画の歴史伝統文化にしっかりと根づいている飛行機モノってあるじゃないですか。

オジ(‐◎✹◎‐) サンの思い出だと『素晴らしきヒコーキ野郎』って映画がオジ(‐◎✹◎‐) サンにとって影響度大でして、なので個人的に「ヒコーキ映画」と呼びたくなる次第(名作と呼ばれる作品では『華麗なるヒコーキ野郎』もあるね)

どんなヒコーキ映画でもそうなのだが、根本的に飛行機というものは素晴らしいものだ、大空を自由に飛ぶ事は素晴らしい事だ、という価値観が絶対領域としてあるわけです。

だからヒコーキ映画は根本的なところでその支配律があるわけです。

どれだけ悲惨な戦争でも、飛行機は素晴らしい大空を自由に飛ぶ事は素晴らしいという不変の価値観ですね。

これがUボートや潜水艦モノだと違いますよね。

同じ兵器であっても飛行機ってやっぱり扱いも価値観も違う。

実際問題、観ていると何かしらの爽快感があります。

そういう意味では最高のヒコーキ映画は『紅の豚』である、と思ってみたりしますが、同時に悪魔的なヒコーキモノを作り出せる数少ない作家が宮崎駿という悪魔的監督でもありますね(ルパンの死の翼アルバトロス)

オジ(‐◎✹◎‐) サンは大空を自由に飛びたいなとも特に思わないのですが、それでもヒコーキ映画である種の爽快感が欲しい時もあるオジ(‐◎✹◎‐) サンです。

で、『スカイ・クロラ The Sky Crawlers』はどうだったのかと言うと。。。

戦闘シーン含めて不思議な感触の残るヒコーキ映画でした。

ストーリー自体(キルドレという存在について)が不思議なのではなく、飛行機(登場するメカ全般)が不思議な感触なのですよね。

押井守作品ですから、緻密だしリアルだし良く描かれているわけです。

だけど妙にゲームぽさというのか記号ぽい感じなんですよね。

『イノセンス』で登場したメカ類は記号ぽさがそれで良かったわけです。

無駄な感情を使わないほうが観ている方も楽ですからね。

だけど今作だとヒコーキ映画だと思ってオジ(‐◎✹◎‐) サンなんかは観ちゃうので、そうなると記号ぽさが何か寂しい感じなんですよ。

『紅の豚』より飛行シーンどっさりだし、レシプロ機でここまでカッコいいもん描けるかお前、なぁスゲェだろおい駿という感もありながらも、逆に所詮はくだらないビジネス戦争の道具に過ぎない下等なモノに何熱くなっちゃってるの?所詮映画において道具とは記号だよ記号みたいな悪質な天才的監督の悪質な賢者タイム感を感じさせます。

業の違いでしょうね。

戦争美化大嫌いなんけど根っこがどうしてもミリオタでしかも機械に血が通っている感が大好きで自己嫌悪と自己弁護を昇華させまくり作家宮崎駿の作るものと、それに相対する相対性作品理論に基づく絵作り表現ワガママ大帝押井守の作り出すモノの持つ業の違い。

なんだただの素直じゃないだけのおじさんか、で終わると楽ですよね。

そんなのどうでも良いからヒコーキ映画としてどうなん?ってところに何度もぐるぐると戻ってくるんですが、そりゃあやっぱし映画表現としては押井守作品だよなぁ、と。

だけどぶっちゃけでは『イノセンス』のような力みは無いですよね、やっぱし。

それがある意味では良い味になってますね。

説明文もかなり省かれていますから、逆にわからなくて正解という正解が明示されている感じで楽なのですよね。

それより戦闘シーンに集中して愉しめばいいよなって思いますが、せっかくの重爆や夜間飛行などのシーンが消化不良ぎみでした。

いや、もっとあるじゃん。

『永遠の0』の映画版とは違う、ガチでミリオタ的なレシプロ機の大戦闘シーンみたいな無想が。

重爆の重爆による重爆のための爆撃シーンとか、観たいじゃないですか。

もっとこう、妄想全開のヒコーキってあるじゃないですか。

厨二的な震電や現実的なP-51みたいなのばかりじゃなくてさ、もっと英国面的な機体とかイタリアンな機体とか、あるじゃないですか。

あ、でもそうなると駿になるのか!!あー!!

あーしまったなー『アイアン・スカイ』が正解だったなーしまったー。

でも押井守作品じゃないとダメな時間ってあるんですよ多分。

なんでしょね、これ。

生まれてはじめて『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』を友だちのお家でレーザーディスクで観た時の感動、さらにデジタルリマスター版を劇場で一人で観た時の感動。

その感動の後の不思議なスッキリとした満足感。

そこらへんは『スカイ・クロラ The Sky Crawlers』でも多少あり。

で、なぜ『インターステラー』から『スカイ・クロラ The Sky Crawlers』なのか?ってところがあります。

無意識でもわざとでもなく、インスピレーション的なものです。

宇宙飛行士モノからヒコーキモノです。

その違いとかを感じたかったのですよ多分。

根源的に人間って宇宙へ行きたい大空を自由に飛びたい願望が備わっているのか?

また備わっているとしたら、それはなぜなのか?

そのなぜなのか?って事が大事なんじゃないですか。

そこらへん考えていくと『スカイ・クロラ The Sky Crawlers』も『紅の豚』も『インターステラー』も見方が変化します。

『インターステラー』を見直してみると、愛すべき宇宙飛行士野郎の伝統的ストロングスタイルなハリウッド映画という観点にもなりますし、そうなるとやっぱスゲェ映画だよなって。

なんかまとまるようなまとまらないような雑感で、今宵は雨、外は嵐、という事でここまでにしとうございます。

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agwwbnr/Kenshin Hoshino