映画雑感

映画雑感『ブレードランナー2049』

✥✥✥ドーモ✠★✠オジ(‐◎✹◎‐) サン✠★✠ドーモ✥✥✥

久々に映画雑感(前のブログの時に思いつきで書いていた)

諸事情によりやっとこさ『ブレードランナー2049』を観た。

もう映画館に気楽に行けるわけでもなく、実は家でもゆっくり映画鑑賞もできないのだ。

そこらへんは2才児と0才児を抱えている以上は仕方ない。

アンド、お仕事が大変忙しくて大変なオジ(‐◎✹◎‐) サンなのである。

だけど最近はちょいと余裕という程のものではないが、少し無理をすれば映画も観られるという事でブレードランナーである。

長い。

映画も三時間近いとやはり堪えるオジ(‐◎✹◎‐) サンです。

これ、映画館で観てたら死んでた(膀胱が)

オジ(‐◎✹◎‐) サンは以前に『ホビット』で膀胱がやられたからね。

あん時は大変だったぜ(色々と思い出深いが)

あれだね映画館はもう『銀魂』ぐらいの映画を観る時ぐらいで良いよ。

佐藤二朗出演作品を観に行く時ぐらいで良いよ。

オジ(‐◎✹◎‐) サンの膀胱は紙よ紙装甲。

で、ブレードランナーの2049である。

まず2049だが、意外と近未来というよりもうすぐだろうという感あり。

オジ(‐◎✹◎‐) サンもおじさんなので20年後とか30年後とか、意外とすぐなんじゃね?みたいに思っちゃうお年頃。

だってホビット観たの10年前?たぶん2012年ぐらい。

その頃ってもうスマホ使ってTwitterだFBだインスタだって。

今とそう変わらないよね。

きっと2049年もそう変わらないかもね。

たぶんブレードランナーはいないと思う。

ブレードランナーはアップルが存在しなかった未来軸だと聞いた。

つまり我々の生きている時間軸とは違うという設定。

そこである。

近未来ものなのだが、実は全然違う世界線のお話なのがブレードランナーである。

そこがけっこう大事なのですよブレードランナーは。

それにしてもブレードランナーってもんはやはりブレードランナーであって、大したものだと偉そうに言ってみる罠。

何が凄いってYouTubeあたりにある解説だけでもドンブリ三杯食べた満足感がある作品です。

SFなので設定を追っていくだけでも凄いボリューム。

2049は当然前作を観ておかないと多分何も面白くない。

いや、面白いのかもしれないけど、初見でこれ観て面白いと言えるとしたら相当です。

映像とか設定や世界観とか、そういうところ抜きでストーリー自体はさほど面白いわけではない。

断っておきますがオジ(‐◎✹◎‐) サンは現在進行形で上映しているわけではない作品はネタバレしてもいいだろうぐらいの感覚ですが、あまりストーリー自体を解説しようみたいな親切心や真心も無く、ただ自己満足で書いているので何もかもが適当です。

で、ストーリーはWikiにもあるが、基本がレプリカント(アンドロイドとも微妙に違うが人造人間)の主人公の自分探しというかかなり性質の悪い「植え付けられた記憶」が正しいのかどうかって筋がある。

前半から中盤は「探偵」形式なわけだ。

自分のルーツとは?というところなのだが、そこがまず前作を観ていないとハラハラ感が少ない気がする。

「レプリカント」というものの微妙さというのか悲しさというのか、感情移入出来ないと面白みは出ない作りだろう。

そこがクリアできていれば割と楽しめるんじゃないかな?オジ(‐◎✹◎‐) サンはそれなりに楽しむ事ができましたので幸いです。

ハリウッド実写版の攻殻機動隊もそうでしたが、前作や原作などでは細かく詰められてすんごく良い感じでバランスのとれていた設定やキャラクター造形などがあったとして、前作や原作にあるキャラクターを映画で作り直す、そこで実に雑に仕上げ直しているのが凡ハリウッド映画全般なのですが、その悪癖が今作でもきっちり出てます。

今作は主人公以外のキャラ造形がとにかく雑ですね。

厳密には主人公のキャラもレプリカントだからこうであるという文脈を理解していないと理解しにくい雑さがあるし、レプリカはこうだという文脈理解があっても想像の領域が多すぎますが・・・・

ジョイもジョシもあいつもこいつも雑、何が雑って説明がとにかく無いから映画の流れで理解しないといけないんだけど、3時間近くある映画ですからね、キツイよね。

前作を観ているから主人公がブレードランナーであり、ブレードランナーとは何かという事を理解しているので、主人公が前半の「解任」から自宅へ変えるシーンも説明がなくても理解できますが、初見だとどうですかね?

映像を観て理解しろというのであればもっと削ぎ落とさないとダメだし、逆に何度も観て理解しろと言うのならもっともっとサイバーパンクにしてゴチャゴチャさせないとダメですよね。

ていうか前作のブレードランナーの主人公ご存知ハリソン・フォード御大の演じるデッカードも主人公なのに雑でしたね。

お互いがお互いに、なんでレイチェルやねん、なんでデッカードやねん、という感。

話の筋として処理したら問題なしですが、感情移入していくと問題ありなお二人のキャラじゃなかったですか?

いくらイライラしててもデッカードのあの態度の悪さというのか、イライラしすぎてとりあえず暴力、暴力が全てを解決するんだみたいなオーラは雑なヤバみがありましたし、レイチェルはなんでデッカードが良かったんですかね?運命?何度観てもレイチェルがデッカードに惹かれる理由がなんか雑だし、逆もそうなんですよね(2049での違和感の一つが愛のくだりですよ)

ていうか根本的にハリソン・フォードって大スターの持っている隠しきれない強すぎるインディ・ジョーンズ感とハン・ソロ感ですね。

どれだけ素晴らしい演技でも、観ているこちらはハリソン・フォードなわけですよ。

それがデッカードというキャラ像がいまいち雑なキャラを無理やり演じているわけで、根本的にそこですよそこ。

リドリー・スコット大先生はあまりそういうの本質的に興味ないのアリアリでとにかく映像美なわけだったのでしょ?

今作も良い意味でも悪い意味でもリドリー・スコット流ぽさがあるんですよね。

3時間近いのに説明不足ってのは確実ですよね。

だけどレプリカント目線で考えるとすごく面白いわけです。

人間目線だとたぶん今の日本人なんかは特に何一つ感情移入も共感性も無い作品ですね。

たぶんレプリカントと楽しく愉快に暮らすでしょ日本人。

それより「ジョイ」の魔改造もしくは大幅に斜め上行くモノを仕上げてくるでしょ日本人。

そこですね。

オジ(‐◎✹◎‐) サンも日本人的なアトム信仰ドラえもん文化圏の人間なわけですから、レプリカントと人間という二元論をキリスト教神学論的に処理できないんですよ。

だからそこらへんの楽しさはかなり俯瞰的なところで考えていく楽しさになりますね。

逆に日本人的情緒で考えると主人公カワイソス状態が前半から来るので、そこらへんは面白いわけです。

そうなるとラストでカタルシスが十二分にありますね。

だから個人的には面白かった、と言えますが、客観的に考えていくと前作と合わせて色々と言いたくなる作品ですよね。

だけどさ、それでもさ、この作品を作ってくれる事に大感謝、感謝カンゲキ雨嵐ですよ。

カルト的な人気作品とは言えども、それでも『ブレードランナー』の次作を作ってくださるそのありがたさみたいなものは大きい。

手からビームが出るおっさんの話とかの方が儲かるのに、こんな金かかる割に言うほど儲からない大作を作ってくださる、しかもあの『ブレードランナー』の次作でちゃんとデッカードが御老体なのに身体張ってくださるわけで、感謝だろう感謝。

とりあえず長くなるので今宵はここまでにしとうございます。

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agwwbnr/Kenshin Hoshino