大予言,  展望

展望2021.06.06

❏❏❏ドーモ( ・ิϖ・ิ)ドーモ❏❏❏

今日は一日車でお仕事なのですが、車内でYou Tubeも見過ぎるとお玉、じゃなかった、頭に何も入って来ないんですよね。

頭空っぽの方が夢詰め込めるっていいますケドね、オジサン頭空っぽなのに何も入らないんですよ。

物理法則を無視した異常事態ですね。

¥¥¥霊光裂蹴拳極限波動宇宙令和大予言¥¥¥

オジサンみたく宇宙からの怪電波を受信しておるとあのウイルスは武漢ウイルス研究所由来のもんだとすぐにわかるのじゃよ。

ええか?何故流出したのかよりもだ、何故作ったのかを調べたら簡単な話よ。

金流れとったじゃないか。

な?それは事実ファクトオブファクトじゃろ?

世界は事実でできている。

そして戦争こそ最大の事実なんじゃよ。

もうそれしかない。

これで戦争じゃー٩(๑òωó๑)۶

戦争ってもう始まってるからね、いい?わかってる?とオジサンの中のMr.都市伝説が囁いてうるせえのですが、戦争が情報化するとどうなるのかって事です。

いいですか?何もかも情報化するわけですよ?シムアースですからね?わかりる?

人類史を振り返りましょう。

人類における最大の発明は、物語であり、物語の共有化です。

要は情報化ってのは人類史と共にあるわけです。

「オリンピック中止」と「緊急事態宣言」の経済損失の差を【1枚の図】にしてみた!

またまたオジサンの中のMr.Lovemachineではなく、Mr.都市伝説が騒いでおります。

いい?ワクチンとオリンピックと半導体、全部つながってるからね、わかる?

うるせぇな関、張り倒すぞ。

オリンピックを中止して喜ぶのは誰?

そこが大事とな・ん・ど・で・も書きますよオジサン。

バカでも考えたらわかる事ですが、オリンピック開催したところで新型武漢ウイルス研究所発うんこチャイナばかコロナウイルスの感染拡大でトーキョーがNYに、みたいな事はないですよバカバカしい。

バカって何でバカなのかって事がよくわかりますが、オリンピックやってる時に人手が増えたら感染拡大リスク上がるって明白なのに対策しないわけないし、そこで対策無しで感染するヤツは相当なバカなので生きていてもどのみちロクな事ないバカだから捨て置けってだけです。

こんな事考えなくてもわかるでしょ?

わかんない?だから君はバカのフレンズなんだね!

コロナよりバカが感染る方が怖いよ!

昭和天皇に「祖先は神でない」と教える教師の心中

この場面とこの漫画ってさ、半藤一利または半藤一利的な昭和史観の危なさとまでは言えないにしろ、駄目な点が凝縮されているんだよね。

またはこの漫画が「史実」ならば、東郷元帥の失敗点つまり明治の失敗の象徴でもあるわけだ。

まず半藤一利の駄目な点ってのは、つまり昭和史観というものを組み立てるのが間違ってるんですよ。

昭和の全てを生きた我が祖父は太正生まれなわけですが、日記にも記しておりましたが、いわゆる「戦争」そのものは彼の中でさほど大きな存在ではないわけです。

それより戦後に配給の小麦粉を盗まれた事の方が一大事でした。

彼にとって戦争は青春の1ページであったり、徴兵で夜行に乗り初めて富士山を観た事であったり、行軍中にノミに食われた事であったり、そういうもんです。

それよりも戦後の方が一大事ばかりで、実際は戦中から相続だので揉めたり、戦後は戦後でお金で揉めたりで苦労ばかりで、話す思い出といえばそんな事ばかり、祖父にとって昭和と言えば戦後なのです。

だけど同じ太正生まれでも、そういう面は全員違います。

当たり前ですね。

とあるガ島帰りの方は昭和=餓島でした。

実際は帰還してからの方が長いし重大事ばかりだと思うのですが、本人はそうじゃないんですね。

それしかないというのか、そりゃそうだろうと。

大叔父は士官学校を出て帝国陸軍少佐にまでなった軍属ですが、馬にまたがって戦後本家へ帰還した割には軍隊の事なんかどこかに置いてきた感じで株だの財テクだのでした。

で、半藤一利という人ですが、彼の昭和史観は結局は彼の昭和なんですよ。

それはどこまでいってもそうで、昭和5年生まれで死んだうちの婆さんと同じ年ですが、まぁ実際昭和を全て知っているわけじゃない世代なんです。

実質的に戦後世代なんです。

だからある意味で苦労が多いわけですよ。

世代的に概ね苦労させられた、と腹の中で思う世代です。

要はバイアスがどのようにかかっているのか、です。

それは半藤一利的40年周期説でもそうですが、良い時と悪い時というものをどう体験するかで変わるわけです。

だからその点を加味しないと、歴史を歴史として捉えられないわけです。

だから昭和史観が昭和史観として成り立たない。

半藤一利の観た聞いた昭和の出来事にしかならない。

だから総括がおかしくなる。

良い悪い、そこになってしまう。

司馬遼太郎でもそれは同じです。

幕末から終戦まで、良い悪いで語るうちは歴史じゃないんです。

応仁の乱を善悪で語るのはおかしいでしょ?

正解なんてないんだもの。

昭和が正解なのか不正解なのか、そこに捉われるのであれば、まだ歴史ではないという事です。

その点が凝縮されている感がこの場面、この漫画にもあるわけです。

神代は歴史ではない、それはその時点での歴史学の見解なのであって、今、これから、学術的に発見があれば、どう変わるのかなんてわかりません。

昭和もその可能性はいくらでもあるわけです。

それが歴史であって、天照大御神が祖先では無いと言う事に絶対的正しさを持てないわけです。

そうなのかもしれないわけですよ。

神様とは何か、という点もそうですが、明治以降の解釈と価値観での正しさだけが正しいわけじゃない。

輸入された正しさに頼る、そこが明治の結果論的な失敗点となっていったわけです。

その象徴がここでの何もしなかった東郷元帥なんじゃないですかね。

で、くどくど書いておきたいのですが、まず政治的立場で歴史なんて観たら、どうあれ修正主義になります。

そして善悪で観たら、ただのバカです。

日本は戦争で何百万人もガーと喚くバカがいますが、じゃあ戦争でもないのに数千万人自国民殺した毛沢東とスターリンはどうなのか?

何かの価値観で判断していくと、バカにならざるおえないわけです。

だから歴史ってものは、きちんと扱わないといけない。

国史は国史として、バカにとって嫌なものでたれば良いわけです。

反省がどうとか、その時点でバカですからね。

歴史に教訓はあれども反省は無し。

オジサン次はスライドドアなミニバンなんすよねー。

楽しみ。

楽ちんだし、広々してるミニバンは気持ちいいよね。

そういやセレナのCMの物より思い出ってのは、いろんなご意見ご感想あるでしょうが、オジサン的には最近その通りよなと。

思い出って財産よ、ガチリアルで。

なんかもうそれしか無いときあるもんね、オジサンって。

もうさ、フェラーリがタダで貰えても、ロールス・ロイスを拾っても、さほど嬉しくもないんだよね。

面倒だし。どうせワゴンRより運転しにくいし。

前澤さんとかね、浜崎のあの社長のあれとか、色々車買って幸せって人いますね。

オジサンもうそういうのが無いのよね。

ああいう人見てると、車買って喜べるっていう点はうらやましいのよね。

だって、車なんて持ってるだけじゃ楽しくないじゃない。

乗って、色々遊んで、その結果楽しいわけですよ。

オジサンって今となれば楽しい思い出ばかりなのよ、若い時から遊んでばかりで。

だけどさ、スタンド・バイ・ミーじゃないけど、あの頃はあの頃で、もう二度と無いんだよね。

それは物理的にも状況的にもそうであるもんなのよ。

今は今で楽しいのだけど、あの頃と同じ事は出来ないわけですし、やろうとも思わない。

で、車はもう買うだけで楽しいとか、この車に乗って楽しいとか、そういうのが無いんですよ。

欲しい、乗りたいってのも特に無い。

憧れとか、そういうのが消えた。

怖いくらい興味とか無くなりましたね。

ブガッティもワゴンRも同じ土俵になっちゃった。

そういう意味ではある意味お悟りまで来てます。

だから家族のためのミニバンに変えるのが一番ストレスも無い選択肢になった。

思い出ですよ、思い出。

オジサンは10代から遊んでばかりなので、その思い出が楽しい。

今、そしてこれからはファミリーで楽しい思い出ですね。

そういう意味では車そのものが目的にならないんです。

過程でしかないわけですからね。

これもまた物語化なんですよ。

オジサンの中でのね。

そう言えばですが、その思い出を年内にまとめて文章化したいんですよ。

振り返れば平成も続きと深堀を書きたいですね。

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agwwbnr/Kenshin Hoshino