備中松山城攻め&岡山周遊旅行その2(2016.10.5~6)

さてもさても。

よもやよもや。

数年ぶりに旅路の記録の続きを書く。

備中松山城を後にして、次に向かうは鬼ノ城である。

鬼城山(鬼ノ城)

古代である。

ロマンである。

良い。

ロマンは良い。

凡そ男子とは、ロマンである。

ロマン無き男子は男子たらず。

良い。

吉備である。

良い。

こういうのが良い。

景色を観るのだ。

1400年程前とそう変わらないかもしれん風景だ。

なんとなく、古代が観えてくるではないか(病院行け)

鬼ノ城は白村江の戦い以後に防衛のために作られたと言う(真偽不明)

すごいよね。

古代だ倭だとバカにされてるけど、めっちゃ国家が機能して動きまくりだもんね。

白村江の戦いはやる気ゼロモードで負けたけど、負けたおかけで危機意識が出て国家大改造&防衛戦線構築だもんな。

負けるって事をどう捉えるのか、どう使うのかってのがあるのだよ君。

なんかさ、やたら負けたからどうのこううるさいだけの他人事のバカっているよね?

ワシ、ああいうの大嫌い。

出羽守もそうだけどさ、非当事者の評論家ポジションのマウンティングだけする輩って世界で一番キライなGに並ぶ存在なんだよね。

良いのう。

さて、城の後は本題なのかおまけなのかわからないが、大事なところへ。

誕生寺である。

聖地巡礼である。

その割には城ばかりだが、ちゃんと参拝である。

ワシも旅立ちしたいものである(どこへだ?)