展望2020.08.25
オリエントスター久々のダイバーズは、丸みを帯びたデザインが着用者までスマートに仕立てる
うーむ。
良い。
オリエントダイバーを注文しました。
クーポン使って58000円ほどで、それにポイント還元で実質10000円キャッシュバックです。
つまり定価のほぼ半額ですね。
それでパワーリザーブ搭載サファイアガラスな本格ダイバーズが手に入るのですから、オリエントはデフレですよデフレ。
まさにデフレの体現者、デフレキングですね。
楽しみだなぁ。
本当はしばらく色々考えて楽しむつもりでしたが、ポイントの関係で即断即決になりました。
男子たるもの、即断即決こそ本懐なりと思って諦めましょう。
立憲民主・福山幹事長「国民の期待、信頼をいただけるよう努力したい」 →自民・中村あや「今まで何やってたんだ」
コロナ騒動で何も出来ず何もしなかったどころか邪魔ばかりしていたわけですから、再浮上は有り得ないですね。
国費を無駄に消費するだけの存在です。
それどころか反日本国な存在なわけですので、プシューですよプシュー。
【速報】自民・長尾たかし「皇統とは男系の血筋以外にはあり得ません。河野大臣と意見交換をしたい」
畢竟、憲法並びに典範で定めるべき事柄にあらず。
畏き辺りの先々を軽々に論ずるは、凡そ臣のなすべき事にあらず。
記事真偽の程はともかく、この手の道交法の存在すら知らないであろう輩は早々に排斥すべし。
とにかくアホに道を走られるのが仕事で真面目に走ってる当方にとっては迷惑千万。
仕事に差し障るのですよ、マジで。
煽りだのスポーツ走行だの、サーキットでやれって話です。
そういうアホバカ低脳のせいで何度も死ぬかと思いましたし、哀れなるかなソリオ君なんて一撃で廃車ですよ。
この手のアホバカ低脳は二言目には「流れを無視してる車ガー」と言いますが、一番流れを無視するのがこの手の輩なわけです。
公道というのはテメエの思い通りにする場所じゃないわけです。
そんな事すらわからないのがアホバカ低脳なわけです。
【画像】この、コロナ禍以降の日本人の消費行動が分かりやすすぎる・・・やっぱり酒に走るんだなw
増えたのは消毒用かもとのことですな。
ただ当たり前ですが、家飲みは激増したでしょう。
私は逆に今年に入ってから数度しか酒は飲んでません。
昨年から家飲みもほぼ止めています。
頭痛が出やすいので夏場は特に飲みたくないのです。
体調を整えるという点では酒は飲まないほうが楽です。
飲むなら量を調整しないといけないのですが、家飲みは際限が無いですからね。
酒を飲んでも体調維持できるのなら良いでしょうけど。
ソアラは良かった。
2代目は特に。
80年代はともかく90年代でセダンは売れてはいても人気というのか憧れはRV車やミニバンに変化してましたよ。
友達の親父さんが乗ってたタウンエースに憧れましたね。
家族みんなで仲良くお出かけというイメージがありましたからね。
でもどれも値段が高めだったんですよ。
ファミリー向けセダンって120万円~200万円台でしたからね。
うちの親もワゴンが欲しいと言いながらも値段でセダンにしてました。
ツイ民「アベが眠れないだとさ!ようやくワイらの呪いが届いたか?w呪い殺したいわけではなく裁判で死刑宣告を下したいわけよ!」
ビョーキですね。
かわいそうに。
お脳のあたりがかわいそうなんですね。
フツーに生きてたらこの発想にはいたりませんからね。
よほどかわいそうな人生なのでしょう。
かわいそうなオツムの方々からしたら理解できないのでしょうが、どう考えてもトランプオヤジの方が「マトモ」なんですよ。
明らかに老人性痴呆症にしか思えない爺様と元気モリモリのトランプオヤジとだったら、トランプオヤジの方が良いだろうとなります。
アメリカ大統領ってものがどういうもんか考えたら選択肢は実は無いわけです。
民主党、というだけですからねバイデン爺様は。
不思議なぐらい報道されないポンペオ演説ですが、この先の全てが詰まってました。
議会が反中に固まっているので、もう変わりません。
アメリカ合衆国が敵国と認定して、タダで済む事はないでしょう。
旅に出る、写真撮影でフラフラ出かける、あたりはやめましたね。
それ以外は特にやめたという事もなく、ただ面倒になったからやらなくなった事はいくつかあるぐらいです。
むしろ結婚して家庭第一でいれば、それはそれで楽でいいもんです。
楽しみ下手なんですよ、文句言う人は。
生活環境が変化したら、それに適応すれば良いだけです。
人間が生物である、という証明として武漢発新型コロナウイルス感染症は実に意義深いものであったのかもしれませんね。
メメント・モリであれ、コロナ脳であれ。
私にとっては迷惑千万、収入は減り仕事は減り活動も不自由という代物ですが、同時に何かしら嫌だなと思っていたものを回避する事に結果的になった代物でもあります。
不思議なもんですね。
仏教的に運命というものは本質的存在として有り得ないのですが、回避不能な強制イベント自体は発生するわけです。
何らかの縁起によって回避不能な出来事によって人生とは左右されるものですので、それにどう対応するかということです。
その心づもりを仏法とも言えるわけです。