展望2020.07.13
韓国人「機械は日本に追いつけない理由がこれ」→「日本の技術力に頭がおかしくなる」
日本製品に関しての記事は半分正解で半分間違いなんですよね。
素材系なども含めた日本製品ってのは全世界で売れているわけで、それは完璧主義である必要性があるからです。
この手の学者先生やコンサル先生の論説をまともに受け取ると失敗するわけです。
ワイ「スマホはHuawei、冷蔵庫はHaier、パソコンはLenovo、テレビはTCL」
結局金があってもそれを選ぶのかって話と、世界的に地域性で最適化され供給される製品は何かって話が混同されている感もあります。
家電なんてもともと世界的に売れているものも違ったわけです。
あと日立とパナソニックが無視されてますが、電気分野で世界的に2位と4位で、家電だけを見るのと結果が違うわけです。
一番の問題は儲からない点で、この儲からない点をどうするかという時に家電をどうするのかって話でもあるわけです。
儲からない問題は製品製造という仕事の根本でしょう。
オリンパスの失敗に関しては日本製品が売れなくなった根本理由そのものの部分が多々あったようにも思えます。
フォーサーズ規格からMFTというものには有る種の「正しさ」があったわけですが、それは、比較的安価なセンサーでデジタルに最適化されたボディとレンズによる高画質化とコンパクト化を目指すという思想性ですね。
あの日あの時には思想的に正しさがあったわけです。
E-1の時点で完成されていましたね。
センサーダスト問題すらスタート時点で解決されていたわけです。
まさにデジタル時代のデジタルフォーマットに特化したシステムだったわけですが、もう一つの「正しさ」である「画質」を追い求めるという点では後の失敗を招くことになったわけです。
つまり、本来的に目指すべきであったコンパクト化が出来なかった点です。
それを解消するにはミラーレス化が最適解でした。
MFT化は根本的に「正しい」選択でしたが、そこでまた間違えるのがオリンパスという独善的すぎる完璧主義的理想主義なプロダクトを叩き出すメーカーでしょう。
パナソニックがG1で示したものは「正しさ」というよりも「現実」的なプロダクトでした。
言わば「出来る事と出来ない事」を叩き出したわけです。
手持ちの技術を使えるものは使って組み上げた現実的なカタチでした。
対してオリンパスはPENのE-P1という理想主義的なカタチを出しました。
私も買いましたが、正直パナソニックのG2(カタチとしてほぼG1です)の方が使いやすかったわけです。
両方とも2010年の話ですね(10年前か・・・)
その後、パナソニックは理想主義的というよりも現実的な路線を進みます。
言わば売れるモノを目指すカタチですね。
オリンパスは理想主義的なカタチであったE-P1から現実的な路線に行ったり来たりするわけです。
やはり売れるモノを目指したのですが、売れるモノが理想主義と離れると、叩かれるわけですね。
E-PLシリーズは可哀想な部分も多いです。
PENを名乗ることの難しさがありましたね。
安く軽くコンパクト化すれば、叩かれる。
逆に高性能を目指しファインダーを搭載し質感を上げ値段も上がれば、叩かれる。
理想主義の罠とでも言うべき状態が続いたのがPENシリーズだと思います。
減点主義的に女子向け路線特化になりましたが、逆に時代とズレ、カメラ好きの欲しいものともズレ、今に至っている感があります。
パナソニックは明確にプロ仕様というものを目指していたというより、MFTの強みを活かしたプロも使いたくなるカメラをGHシリーズなどで具現化しています。
GFでは往年のレンジファインダー機然としたコンパクトかつ安価な路線を切り開きました。
GXはさらにその路線、オジサン好みな路線を目指して成功しました。
GMは完全に振り切った際どさのある軽量コンパクト特化型で成功しました。
G一桁シリーズ、GHシリーズ、GFシリーズ、GXシリーズ、GMシリーズ、それぞれ特色がありますが、いずれも欲しい人の顔を思い浮かべて作ったというのはわかります。
そして現実的な値段設定でした。
逆にオリンパスはOM-Dシリーズ、特にE-M1というかつてのE-1にはじまる一桁のプロ仕様機再来の開発に執念を燃やし、レンズラインナップもプロシリーズを出したわけです。
プロも使いたくなるカメラ、というよりプロが使えるカメラを作っている、そんな感じでしたね。
パナソニックが正しかったのかオリンパスが正しかったのか、それはわかりませんし、正しさも間違いも両方あるのでしょうが、私個人の感想として使いたいカメラを作っていたのはパナソニックでした。
何度もOM-Dシリーズを買おうと思いましたし、触りましたし、良いなと思いましたが、使いたくなるようなカメラはパナソニックでした。
オリンパスは理想主義的なのですが、その理想主義が理想主義として具現化されていないと減点される、という観念に支配されていた感があります。
それが逆に減点主義的なカメラ作り、つまりプロ機を目指すとかハイアマチュアが欲しがるようなスペックを目指すために徹底的に減点主義的な理想主義路線になり、それが儲からない体質を招いたのですよ。
PENシリーズはOM-Dと逆にオリンパスが思い描く「素人さん」「カメラ女子」というユーザーの理想形を目指した減点主義的理想主義の路線となり、結果的にユーザーの限定化を招いたのです。
それが上手くハマれば売れるわけで、実際は成功している感もありましたが、いかんせん根本的にMFTはMFTである、という点でなんともならなくなるわけです。
世の中すでにフルサイズセンサーが当たり前という状態になればなるほど、MFTでプロ機を目指す事は「無理ゲー」のようなものになったわけです。
インスタなどに上げる写真を撮ることが「素人さん」「カメラ女子」の目的となった時点でスマホメインとなりMFTを選ぶ必要が無くなっていったわけです。
そんな事を言いだしたらMFTの存在意義はどうなるんだ?となりますが、そこでパナソニックはパナソニックなりに路線転換を図っているわけでしょう?
G100の戦略的な価格設定を観ていると、パナソニックは現実的なんですよ。
高価格路線のLマウントが成功するかどうかはまだ不明ですが、MFTに関しては現実的な路線になっていくでしょう。
高性能機はG9やGX7mk3という二台がありますが、重要なのは低価格機で、低価格機でも普及機というよりもG100のようなMFTであることのメリットを活かした特化型機を出してくるんじゃないですかね?
オリンパスこそ、本来的にはもっと早くやるべき路線だったんです。
ボディ15万~20万でレンズ一本10万~20万というMFT機に未来などありませんでした。
それなら誰でもフルを買います。
それでフルサイズ機の半分以下のサイズと重量というのなら、まだ理解できます。
現実はMFTでありながらも、どんどんデカく重く使いにくいレンズばかりになっていったわけです。
フルサイズ機より断然安い、それはわかりますが、フルサイズ機より断然安くても現実的に安いという感覚も無いわけです。
フルサイズ機より断然小さい軽いと言われても、それもわかりますが、感覚的に違うわけです。
なぜあそこまで固執して高価格帯高性能路線にこだわったのか、わかりますが謎ですよマジで。
やるべきであったことは、1インチ機でやっている事への対抗であり、フルサイズ機への対抗ではありませんでした。
それだけは確実にそうだと言えますし、言わせて欲しいことです。
それを言い換えれば、本来的に取り込むべきだったユーザーを無視したという事です。
根本的にユーザーを観ているようで実際はユーザーを無視する、その姿勢でしょうね。
それは他の電化製品などでもそうなのでしょう。
しかし、まぁ、いずれにせよMFT機で一台選べと言われたら、今はPENの気分です。
選ぶならE-PL7ですかね。
もう一度PENを使いたい気分です。
フィルム時代にPEN-FとEE-3を使ってました。
PENには少なからず思い入れがありますから。
ぐゎんばれオリンパス! OMと聖子ちゃんが変えた我が写真人生
OMシリーズは結局使わなかったんですよ。
欲しい欲しいと思いながらも、手に入れる事はありませんでした。
OM-1こそ理想主義の中の理想主義だと思います。
EM-5はOM-1に近いものを感じますが、何か違いますね。
もっとソリッドであるべきでした。
アルトとか言う「こういうんでいいんだよ」って車wwwwwwwwwwwww
人間椅子の和嶋さんご愛用だぞ。
本当にかっこいいですよ和嶋さんは。
思えば趣味の無い時代ってのもあまりなかった半生でした。
ただ沼の手前で踏みとどまるタイプです。
のめり込めないタイプでもあります。
ライトユーザーではないけど、ヘビーユーザーにはならないタイプ。
なるべく軽く長く楽しみたい派です。
昔はそういうのがダメだと思いこんでいましたが、俺は俺だの精神ですね重要なのは。
趣味ってのは生き方ですから、俺は俺だの精神を持っていないと続きませんし楽しめられません。