展望2020.06.06
少し考えていたのですが、今現在のアメリカにおける黒人の「抗議」が内包している主義主張と、日本でのリベラル仕草な方々の主義主張って完全に断絶があるよな、と。
Twitter界隈で日本のリベラル仕草な方々はアメリカにおける暴動や略奪などの騒乱には目もくれず、美しさや情緒的な「演出」の部分に一々感動している模様ですが、その「演出」の中に我々アジア人ど真ん中な人間は入っているのでしょうか?
流石に愕然としたのですが、この靴にキスをするという「リベラル仕草」は何を指し示しているのでしょうか?
彼らはおそらく何一つ「理解」とは程遠い情緒で動いているのでしょう。
または靴にキスをするという「リベラル仕草」をしておけば身の安全が保障されるという打算だけでしょうか?それならまだ理解の範疇です。
この行為から推察するに、彼らリベラル仕草な「白人」様とやらは中世あたりの倫理観や意思決定プロセスで生きているのでしょう。
これを良しとする人間を私は理解したくはありません。
さすがに疲れましたね。
今は何世紀なのか、確認してしまいました。
示唆に富む事象なわけですよ。
実にね。
私が住んでいる学区の2ブロック先は違う学区なのですが、学力差等のありとあらゆる格差が「目視」できるレベルで存在している地域なのです。
私の通っていた中学校は愛知県的管理教育が行き届いた学校で、卒業生にはノーベル賞受賞者もいるレベルの公立校でしたが、すぐおとなりの学区はというと、昼間に爆竹が鳴り響いていたような状況の中学校でした。
何をどうするれば良いのか、なんてことは今更ですし方法はあっても実行性がゼロな状態というだけですので、何も言いませんが、世田谷自然左翼だとかリベラル仕草な方々が情緒的に感動を求めた先に解決策は何も無いということだけは言いたいですね。
環境少女グレタ「米国での警察の横暴と報道陣への攻撃にEUはいつまで黙っている?」
うるせえな、張り倒すぞ!ガキは黙ってろ!ぐらい言ってやる大人がいない絶望感ですね。
むしろ嬉々としてグレタスピーチを聞くわけでしょう。
悪質なポルノですね。
それだけですよ、これは。
実に絶望感しか生み出さないポルノです。
なぜ誰も「お前ら頭おかしいだろ、ガキは大人しく学校でも行って駄菓子でも食って連れと遊んどれ」と言ってやれないのでしょうか?
30年前の我が家はビスタでした。
だいぶ張り切って買ったファミリーセダンです。
超奮発した予算200万円でしたね。
性能も良くて、静かで乗り心地も良くて加速も良くて言うこと無しな車でした。
その当時の300万円の車というと、マークⅡの最上級モデルやクラウンやソアラあたりの値段ですね。
あの当時の300万円の車ってのは、かなりのもんだったと記憶しています。
だけどセルシオがありましたからね。
シーマもありました。
さすがにセルシオとシーマ(Q45やプレジも含めて)はヤクザな感じでした。
まぁあの頃ってのは、ソアラ乗れば、クラウン乗れば、何か一発変わるんじゃないかっていう期待値があったわけです。
今どきじゃ値段の上がりまくったベンツのEクラス乗ってもBMWのクーペ乗っても、特に何も期待値なんてもんはないわけです。
車だけ良いもん買っても何も変わらないだろう、となるわけですよ。
その違いは大きいですよね。