展望2020.04.22
ドーモS-Crossは良いぞオジ(ry
先日にS-Crossは洗車しました。
水洗いは面倒なのでマイクロファイバークロスで水拭きからのCCウォーター施工だけですが。
最近は暇なので週イチぐらいでキレイにしているので、それで充分なのです。
エンジンルームも磨きました。
こちらはシェラアスターのゼロドロップで拭き上げときました。
当方は人生終わるほどハマれない性質なので問題無しという模様。
昔に釣りばかりやってたんですが、だいたい初心者から中級者ぐらいになると飽きるんです。
クロダイしかりブラックバスしかりヘラブナしかり。
最後は鯉釣りでした。
試行錯誤して狙い通りに90オーバー釣り上げた時に、もういいかなって。
クロダイはウキフカセで狙い通りに50オーバー、ブラックバスも狙い通りにランカー、ヘラブナも40オーバーで、もういいかなと。
狙い通り、戦略通りに上手くいくと満足してしまうのです。
本当はもっと奥深いものなのでしょうけど、ある程度で満足しちゃうのです。
なので中途半端ではありますが、同時に泥沼手前で回避しているとも言えますね。
無駄にお金は使いましたが、痛恨の一撃ぐらいで済んでいるので致命傷までいかないタイプです。
ずっとやっていると言えば歴史の勉強と書き物ですが、これはお金なんかかかりません。
時計や車も一周回ってお金かけなくても楽しめれます。
酒や遊びなんかも一周しました。
写真はどうかと言えば、これもお金かけてないですからね。
買う買うと言いながら何も買わない作戦です。
もともと売って買ってなので、言うほど使ってませんし。
本気で危なかったのは投資ですが、これも元来ビビリの性格なので危ないところへ行く前にとどまりました。
そもそも趣味にそれほど時間とコストを費やせる状況にはならんのですよ。
この先もドハマリして人生終わらすって事はなさそうです。
まぁドハマリして人生終わらすパターンって結局は自分というものではなくて、他者が介在するパターンじゃないかと。
例えばカメラなんかは写真が撮れれば良いわけなんですが、なぜもっと良い機材を、もっとレンズをってなるかっていうと、他者性が介在するからですよ。
何かしら他者の影響ってものがあるから、満足できなくなるわけです。
他人より良い道具、他人に負けない道具、そうなっていくわけです。
本質的にそれが必要であるのかどうかって事が、他者性が判断基準に知らず知らず入り込んでくるわけです。
私が釣りでドハマリしなかったのは、ほとんど釣り仲間もいなかったからでしょうね。
ネットでも道具がどうとかの評価を気にしてませんでしたから。
一時期やたら道具を気にしていた事もあるのでわかるのですが、要するにマスメディアを使って企業は道具を売りたいわけです。
某高級スピニングリールがありますが、あれのドラグ性能は1万円ぐらいの初級機とほとんど変わらないそうです。
だけどマスメディアでは違う書き方でした。
要するに売りたいわけです。
竿でもそうです。
スペック差はありますが、自分のやりたい釣りにどれだけのスペックが必要なのかって話なんです。
バスプロはワンピースロッドの特化型の竿が良いと言います。
それは当たり前で彼らは基本的にバスボートで何本も釣り竿積んで、スポンサー契約を受けた状態でリールも糸も使えるわけですから、特化型で良いんです。
だけど私みたいなもんは陸っぱりでえっちらおっちらやるわけなので、何本も竿を使えませんし、リールも糸も使える資源は限られています。
だったら竿なんて特化型のバス竿じゃなくて、シーバス用の竿にスピニングリールに太めの糸まいてワームもやれるけどスピナベも投げられるようにしておけば合理的なわけです。
なんだったらそれでナマズやってもいいですし、海行ってもいいでわけです。
実際そんな感じでやっても釣れますからね。
ベイトリールじゃなくてもいいわけですよ。
竿と糸にパワーがあればね。
ワームも1号糸じゃないと駄目って事ないですからね。
3号の糸でも充分やれますからね。
釣れる釣れないは機会を増やすしかないわけなので、投げまくる探しまくる事が重要なので、竿は一本何でもできる何がかかっても確実に上げられるようにしておいて、投げまくれば良いわけです。
そういう経験をしていると経験知で道具ってものを判断できるようになります。
でも上手い人や好きな人からしたら邪道なので色々言われましたが、問題はそこにありますね。
他者性です。
車なんかそうじゃないですか。
S-Crossより高スペックな車はいくらでもありますし、スズキよりブランド性が高いメーカーもいくらでもありますが、自分が如何に満足できるかが重要なのに、他人の評価ってものが介在するといくらでもダメ出しする事になるわけですよ。
自分で自分にダメ出ししだしたら末期で、泥沼ですからね。
それでポルシェの911のターボでもロールス・ロイスでも何でも買えるなら良いでしょうけど、誰もが買えるわけじゃないでしょう。
それに、そうなると何を買っても満足なんて出来ないんじゃないですかね?
おおむね他者の評価ってものは減点方式なわけですよ。
ネット観てればそうですよね。
アレが駄目、コレが駄目。
コロナプレミオを乗って悟りを開いたのが、自動車評論家大先生をはじめとする連中の減点方式的な画一的な評価基準なんて「クソ」ってところです。
コロナプレミオを褒める自動車評論家なんて観たことないです。
一様にやれ足回りが駄目だのエンジンが駄目だの高速道路もサーキットでも駄目だのデザインもシートもトヨタは駄目だの言うわけですが、彼らの正しさを担保するものなんて何一つないと気がついたわけです。
実際に乗って東北も一周して実に良い車だと自分で確信した時点で悟ったのですが、重要なのは他者の評価ではなくて自分の絶対評価なわけです。
それは彼らの評価基準の「正しさ」と自分の評価基準の「正しさ」は違うからです。
それ以来カーメディアにお金を払うこともなくなりましたし、せいぜいネットで暇つぶしに調べるぐらいです。
何度でも言いますが、あんなものに「正しさ」の担保は何一つないですよ。
それは釣りだろうが時計だろうが何であろうが、そうです。
そこに気がつくと、ドハマリして沼に落ちる事もなく、楽しめる事ができるのではないですか?