展望2020.3.11

ドーモ。

S-Crossは良いぞオジサンです。

S-Crossってかなり金のかかった贅沢な一台だなって個人的には思っているんですが、世間的な評価だとリーズナブル&安っぽい方の部類だったりしますね。

スズキ脳だと最高級車の一つなんですが。

まぁ下手したら今どきのフィットやノートの方が高いんですよね。

自分にとってのS-Crossって、自分にとって許せる上限を突きまくった感じがあるんです。

これ以上のモノは自分には煩くて重いですね。

セグメント的にもそうなっちゃいます。

S-Cross乗っていると前に代車で乗ったスイフトRSを思い出すんです。

スイフトRSって実はかなり好みドンピシャだったんです。

大人の諸事情が一切無ければ、スイフトRSに乗りたいって気持ちがありました。

結果論的にはS-Crossがここまで素晴らしいマシーンだとは思っても見なかったので、まぁ良かったんですが、スイフトRSもまた素晴らしいマシーンですよ。

ある意味ではS-Crossより素晴らしい部分がたくさんあって、スイフトスポーツよりも素晴らしい部分がたくさんあります。

それはやはり軽さ、単なる車重の話だけでなく、軽量感というものが大事なんですよね。

デザイン、操作系、などなど含めた軽量感というものが大事です。

ただそれだけが大事というのでもなく、やはりバランスというものも大事であって、そのバランスが絶妙なのがS-Crossではあります。

でも、やはり、スイフトRSのあの走りのバランスは素晴らしい。

S-Crossの疲れない&リラックスという路線とは違って、アドレナリンが出るんだけどスイフトスポーツとは違う持ってるものを使い切れる感じ、あれが良いのです。

走ればきちんと疲れるし、ドアの開け閉めだけで高性能感があるってわけじゃないですが、良いんですよスイフトRS。

バフェットの2面性 庶民を装う超富裕層の素顔

前々から思っていましたが、バフェット翁の考えや投資理論って最適解なんでしょうけど真似してもバフェット翁にはなれないんですよ。

精神的な幸福が何より必要と思う

精神的な幸せってのは物質的な幸せも含まれた上での事なので、単に少欲知足みたいな考えを実践しても幸せになれるってわけじゃないですよ。

単純に言えば、腹が死ぬほど減ってる時にわずかな麦飯とたくあんだけで満足感を得るには限界あるって事です。

死ぬほど腹が減ってる時は牛丼特盛が食べたいとか、そういう結論に勝手になるわけです。

何でもかんでも知識と情報で脳がコントロールできるわけではないという事です。

仏教的な行なり瞑想なりってのは、その勝手に動く自分というものを観察する過程があるわけですが、そこでなぜか自分で自分というものをコントロール出来るという前提で考えてしまい、失敗するわけです。

小池龍之介師がまさにそうだったわけですよ。

釈尊が出来なかったと言う事をやろうとみんな勘違いしてしまい、失敗するわけです。

それを釈尊は簡潔に有余涅槃と無余涅槃という言葉で言い表しておられるのですが、だいたい皆様そういう事を観ずに、何か煩悩滅却教みたいに勘違いしてしまうわけですね。

閑話休題

物質的な幸せというものはこの先も無くなるわけではないですが、精神性や精神的な幸せを求める世の中にはなるでしょう。

評価経済社会ってもんは、その一面でしょう。

さよなら、プロっぽいカメラ:僕らはカメラをこう選ぶ

MFT使ってると自然とそうなってましたが、何か?

プロと言ってもいろいろですが、プロカメラマンだとEFやニコンでレンズ揃えててフィルムからDSLRにそのまま移行したってパターンが多いのでしょうし、そうなると自然とプロの持ってるカメラが良いカメラって思えてきますよね。

雑誌やら観てカメラ決めるとか店頭で言われるがままカメラを決めるとなると、自然とプロっぽいカメラが良いかなと思いこんでしまうもんですよ。

そんな中でMFTの出現はいろいろひっくり返した感はあります。

GFシリーズでもペンシリーズでもそうですが、非一眼レフ的デザインってのは良いもんですよ。

アタクシがなぜGX7の次が選べないかというのは、そこに問題がありまして、デザイン的にはGXシリーズが好きですし、GFやペンでも良いかな~とも思って迷っているからなんですよね。

でも使うとなるとGシリーズが一番使いやすい。

これは本当に使ってみて感じるところですが、Gシリーズは本当に使いやすい。

だから他人様にどのカメラが良いのか聞かれたら、Gシリーズを勧めていたんですが、ところがどっこい…..どいつもこいつも店頭で店員に勧められるkissあたりにしちゃって、結局使わなくなっているんですが、そこでGシリーズだったら絶対そんな事にはならないと信仰していますよ、プンプン。

まぁGシリーズってデザイン的にはDSLRぽいので、何かパナの踏ん切りの悪さ的な印象も与えているようですが、実は一番正当なレンジファインダー機的なカメラだったりします。

レンジファインダー機そのものなデザインであるGX7シリーズやGX8と比べたらわかるんですが、レンジファインダー機の持つスピード感やスナップシューターとしての要素はGシリーズの方が強くて濃いんです。

レンジファインダー機とは、ファインダーだけで撮るカメラじゃないんですよ。

レンジファインダーなので距離計なんです。構図をねっちりこっちり決める道具じゃございやせん(パルナックを見よ)

片目でピント合わせて片目で被写体を決め打つ、だから速いんです。

もちろんそれが正しい使い方ってわけじゃありませんが、ファインダーが全てなら一眼レフの方が使いやすいんです。

一眼レフ的な使い方ならGシリーズでもGXシリーズでも、どちらでもそう使えますが、スナップシューター的に使うのなら、Gシリーズの方が速くて使いやすいですよ。

なぜかと言えば、Gシリーズ最大の特徴は背面液晶のフレキシブルさにありますからね。

あれを使いこなせば、ド速いわけです。

だからGシリーズの方がよりスナップシューター的には使いやすいと言い切ってやりたいわけですが、まぁアホの独り言です。

以下追記

それにしてもGX7やGX8のファインダーって、基本使いにくいと思うんですよ。

位置ですね、位置。

Gシリーズは伝統的にど真ん中、つまりレンズの上です。

これは伝統的な一眼レフの配置(本来的には構造的な位置)なわけですが、ファインダーを使って撮るという観点で言えば、楽な位置だと思います。

レンジファインダー機は構造的に左よりにファインダーが来ます。

GX7などはファインダーが左よりになってます。

レンジファインダースタイルなわけですが、これが微妙に使いにくい。

ぶっちゃけGシリーズもGXシリーズも同じパナソニックなんですが、使ってみると全然違うんですよね。

画質ガーというのではなくて、カメラってのは使っている時が全てなわけです。

その使っている時の感覚が全然違う。

Gシリーズってストレスが無いんですよ、個人的に。

じゃあ何でお前はGX7を何年も使ってるんだ、バカか?と言われたら、バカなのはそのとおりなんでございます。

まぁ先立つものの問題もありますし、使用頻度の問題もございます。

そもそも最近のスタイルだとコンデジで良いかなと思っています。

もう写真撮影頼まれる事もないでしょうしね。

そういう時は6Dの出番という事で良いんです。

あ、そうなれば、MFTはスナップに特化してしまえば良いんだ。

うーん、ちょっと考える事が増えましたね。

展望2020.03.04

ドーモ。

S-Crossは良いぞオジサンです。

マスクだけでなくトイレットペーパーやティッシュや米まで買い占める輩に正義の鉄槌が下りますように。

ソニーの「RX100VIII」のレンズは「20-200mm F2.8」が搭載される!?「16-50mm F1.4」の可能性も!?

20mmって使い勝手微妙な気がしますね。

24mmスタートで充分でしょう。

望遠が300mmでF2.8ってスペックなら再びRXというのも大有り。

TX1を売りますね。

TX2が微妙なスペックだったので、TX1が手放せないのですよ。

旅行では便利です。

でもLX9も良いなって思ってしまう部分はあります。

LX100よりLX9に心惹かれているわけです。

LX100は旅行などでは微妙に使いにくさがあるんですよ。

ハマると凄いですけど。

何だろうか、説明しにくいのがLX100というカメラで、使ってみるとわかるんですよね。

ハマる時はハマるし、駄目な時は全然駄目。

昔に使ったコンタックスのG2に似たところがあります。

撮っている感じがフワフワとしているんです。

TX1ってモロにコンデジなんですが、逆にコンデジ過ぎる方が安心感があるんですよ。

GRデジタルもそうでしたし、RX100もそうです。

コンデジにはコンデジの良さがあって、それは操作と撮影の軽さですね。

とにかくシャッターを切っていくしかない、という感覚。

LX100はそこが難しくて、フジのX100もそうなんですが、コンデジでは無いんです。

じゃあミラーレス機に近いのかと言えば、そうでもない。

GM1が良いのは、小ささというよりコンデジぽさです。

シャッターを切るだけ、それだけになっていく感覚ですね。

LX100は逆になっていくんです、シャッターを切るだけで良いのに、違う操作が入ってくる感覚。

レンズ周りのデザインと操作や、ファインダーもそうですが「余分」が多いんです。

カメラが好きで写真が好きな人向けなんですが、逆にそれが邪魔になっていく。

要するに自分の撮り方に合わないメカニカルデザインなんです。

ストラップだって、結局何が一番しっくりくるのか今だにわかりません(これ重要)

ストラップがしっくりこないって事は、どう扱うべきなのかわかっていないって事でもあります。

GR的に使いたい気持ちがあっても、撮りだすとGRじゃなくてX100のようなじっくり感に支配されてしまう。

そこがどうも合わないところなんですよね。

だけど、良いんですよLX100。

【悲報】トラックの運ちゃん、買い占めをした転売ヤーにブチ切れwwwwwwwwwwwww

マジで生活必需品、特にベビー用品等の転売と買占めは法律で制限すべき。

デマに関しても台湾を見習って逮捕すべき。

すべきの中のすべきだがね。

バカに制限をかけるのは憲法違反ではないぞ。

【画像】突然の最後の授業に小学6年生一同号泣! これ誰が責任取るんだよ…

学校が基本的に大嫌いな私は卒業式は常にニッコニコでした。

自分が学生ならコロナパニックでヨッシャー休校やーと喜んで家でゴロゴロしていたでしょう。

残念ながらお仕事は休めれませんね。

それにしてもあのウザったい卒業式の何が必要性があるのか、まったくわかりません。

卒業できて清々する事はあっても、悲しい事など何一つありませんし、さっさとお家に帰りたいだけですからね。

大学生の13%がホームレスに堕ちるアメリカという地獄wwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww

わかって無い人が多いですが、実力主義って事はコネも実力となるんですよ。

つまり持っているカード全てで勝負できるわけです。

それが実力主義ってもんで、日本人が思っている実力主義ってのはカードを公平に配られるイメージなんでしょうが、世界標準の実力主義ってものはカードがどう配られようが配られたカードだけでしか勝負出来ないってもんなのです。

展望2020.2.29

ドーモ。

今日はS-Crossで6時間ぐらい走って仕事でしたが、まったく運転疲れしなくてびつくりなオジサンです。

マジで良いクルマなんですが、売る気も無ければ売れる気配も無いのが凄いですよね。

ディーラーの店長はS-Crossべた褒めでしたが、自分が欲しいわけではないそうです。

同じように出来の良いエスクードも売れてないんですが、不思議ですね。

オジサンはマイナー嗜好、どんとこい少数派なので、S-Crossは性に合ってます。

フルサイズミラーレスブームの中、マウント別シェアNo.1は!? マイクロフォーサーズ10年の存在感

割とぶっちゃけて言えば写真撮るレンズ交換式の機械としての完成度はMFTって凄いと思いますよ。

センサーガーというだけでしょう?ネガって。

AFもネガ要素がここまで無くなったらもう良いでしょMFTでも。

もともとパナ機はG2ぐらいで充分歩留まりが良かったですから。

APS-Cセンサー搭載したGRに最終的に食指が動かないのはパナライカ15mmとGM1のせいです(先立つものはともかく)

とは言え買いますけどね、GRは、いずれ。

統合して存続か!? 絶版か!?】どうなる名門プレミオ/アリオン Xデーは2021年に迫る

プレミオは残すべきです。

これは断言できます。

S-Cross乗っていて感じる乗り味の良さという点ですが、前に乗っていたコロナプレミオ。

性能云々より乗り味が良かったなって事を思い出すのですよ。

2LのGだったのですが、トヨタってGの法則があるんですよね。

車種云々よりGに乗れ、という。

以前にトヨタの中の人に教えてもらいました。

最近はどうかは知りませんが、一昔前まではGグレードの法則は確実にあったと思いますよ。

違うんですよ、乗り比べると。

「不快なポスターを許せない」保守化するリベラルの末路
自分で自分の首を締めている

結局はミーイズムでしかないのが現代リベラリズムなわけです。

自己主観による自己主観の為のリベラリズムなわけですから。

IT先進国になっても感染病は防げない中国の”決定的な弱点”
人口大国でも衛生観念は途上国並み

obakasanというものはITをはじめとする「先進技術」に過剰な「ご利益」を期待しがちなわけです。

先進技術が普及して使われたから人間も先進化するわけじゃないのですが、どうもobakasanというものは先進技術を使ったら脳も先進化すると思い込んでいるようです。

そんな事はないのですよ。

コロナウイルスの中国での大騒ぎを見ていてはっきりしたのは、ITだ何だってやる以前に手洗いうがいを普及させておいた方が結果的に良かったよなって事です。

人間というものの本質と体質というものを無視しちゃいけませんって事ですよ。

主婦「子供がコロナかかったのに検査してくれない!政治家に垂れ込む!」テレビでも訴え→マイコプラズマ肺炎でした

オジサンも幼少の砌にマイコプラズマ肺炎で死ぬかと思う体験した事があるのですが、まずこの手のobakasanは子供の事なんて何も考えちゃいないんですよ。

マイコプラズマ肺炎って元気そうに見えるのですが、絶対安静にしておかないと駄目です。

子供ってわかってないんですよ、自分の事も。

動けるなーと自分で思って動いたりしているんですが、実は熱も出てるし何か食べたら吐くし咳が出だしたら死ぬかと思うし・・・私がそうだったんですけどね。

検査してマイコプラズマ肺炎ってわかった時点で絶対安静で部屋から出しちゃ駄目なんですが、それを馬鹿騒ぎしてITを駆使してツイッターでどうのこうのでしょう?

子供の世話に専念しろよ、親なら。

不安がどうのこうのって、だったら余計に子供をおとなしく寝かしつけておくしかないだろ?

子供はね、わかってないんですよ、自分の事が。

マイコプラズマ肺炎の完治って時間がかかるもんで、私も一月寝たり起きたりでしたよ。

コロナかもしれないって言っても、コロナだったら治療法が無い時点で寝てるしかないし、重症化したならどっちみち入院になるので検査がどうとか言ってる場合じゃないんですよ。

そういう基本的な思考回路がぶっ飛んだまま、先進技術使って物事調べても意味ないし、それで大騒ぎして無駄な動きを繰り返すのは地獄ですよ、マジで。

展望2020.2.1

なんだがんだで人類ってどんどん発展してるんやな25年前の生活 : なんJ歴史部@2ch歴史まとめブログ

15年ぐらい前と今と比べると、さほど変わってない部分が多いよな。

ネットが普及してネット文化が育った時代がそれぐらい。

今から思えば10年ぐらい前が一番楽しかった気がする。

25年前って言うと今とはかなり違うけど、中学の頃だったので、まだ子供だったからなぁ。

あの頃はプレステとゲーセンが楽しかったな。

うちはスーファミしかなかったから、友達の家でプレステやるのが楽しみだった。

漫画も楽しかった。

テレビもまだ楽しかったが、小学生の頃の方がテレビは面白かった。

駄菓子屋は卒業して、コンビニで買い食いするのも楽しかった。

ボウリングとかも楽しかったわ。

ネットは家に無かったけど、それで不自由も無かった。

98年以降、99年あたりから今の意味でのネットが発達し始めるわけで、あの当時はパソコンは業務用かゲームかのイメージだったね。

パソコン自体は持っている友人は持っていたし、小学校とかでも触っていたんだよな。

ゲームするか画像作るぐらいしかやらなかったけど。

マウスの操作やウインドウズの概念ぐらいは理解した状態だったな。

大学入ったらPCが必須になったので無理して手に入れて、ネットもなんとかつなげた。

ISDNが繋げれたので助かったが、家族は本当に無理解で、アホボンの無駄使いと思われていたわ。

昔の子供はやってたのに今の子供はやらなくなった遊び

プラモとかエアガンとか完全に大人の趣味になったな。

子供向けってのはもう無いね。

小学生の頃はプラモにハマったりした。

置き場所にこまるので止めたけど。

小学生の頃はまだゆるい昭和の名残で、子供が多少悪さしても多めには見られていた。

ビルの隙間や境目のコンクリブロックをつたって遊んでたな。

都会っ子なので自然の中で遊ぶという事は滅多になかったが、駄菓子屋とか児童館とか公園とか、外で遊べば誰かいたね。

ソニーのカッコいいPV上げていく

カッコいいけどカメラレンズ高すぎ問題がある。

最初のDSLRはSONYだった、ていうか中身コニミノのα100で、あれは良かったな。

安いのにファインダーがKissやD50あたりより断然見やすくて、画質も良かったよ。

高感度はちょっとあれだったけど、歩留まりが良くて使いやすかった。

迂余曲折を経てα55を使った時は、あれは駄目だったな。

歩留まりが悪すぎだった。

ハマるときはハマるんだがね。

RX100は久々のSONYだったが、あれもハマるときとそうでない時の差があった。

パナソニックの方がMFTでもコンパクトでも安定してるんだよなぁ。

それにしても定期的にSONYに戻りたい願望は出てくる。

スマホはXPERIAがある間はXPERIAしか使わないだろうし。

でもカメラは難しい。

パナソニックというのか一部レンズが自分に相性が良すぎるので、簡単にSONYってわけにもいかんのよ。

αのEマウントはレンズが欲しいものが何もない。

【第48号】「ここではないどこかの時代」は、終わったのか?

現実と向き合ってここで何とかするしかない、というのがこれからの世の中ですよ。

トランプ以降のアメリカも、ブレグジット以降の英国も、そうでしょう。

もう旅(=理想主義的願望)は終わったわけです。

厳密にはベルリンの壁崩壊、ソビエト崩壊、中国の改革開放経済、どれもこれもそうでしょう。

西側諸国だアジアだ何だと関係なく、旅が終わって現実の中でもがくしかないわけですね。

経済成長に夢を観ている人がたくさんいますが、その夢も醒めるでしょう。

ネットインフラが完全に普及するということは、どういうことか?

もう隠し事が出来ないわけです。

旅をすれば幸せが見つかるよね、っていう「嘘」がバレたわけですよ。

理想郷も桃源郷も無いわけですよ。

シャネルの五番をバケツいっぱいぶっかけたところでクソはクソ、という図式からは逃れられないわけです。

それが諸法実相というもんでしょう。

股裂きのニコン、破れかぶれのキヤノン:一眼レフ・ツートップの終わりの始まりか?

センサーと画像処理技術が物を言う時代なわけですが、そこでツートップが何をやるべきかということだったんですよ。

超絶個人的意見としては、便利さや快適さはDSLRに求めていないんです。

譲り受けし6Dに白いLレンズで振り回すと、だいたいMFTの数倍以上の重さと大きさに感じるわけですが、それに便利さや快適さはないんですよ。

僕レベルのド素人おじさんはもう確実にMFTの快適に便利に使えちゃうわけです。

重さは不正義なんですよ、おじさんには。

だけど、DSLRじゃないと嫌だな、やっぱこれだなっていう感触が欲しいですよね。

もう凄いのはわかってるんですよ。

ニコンのDfじゃないですが、とりあえずカッコよさが大事なんじゃないですかね?

展望2020.1.25

【画像】海鮮丼とかいう無能丼www

小倉駅にある鉄鍋餃子の海鮮丼は旨かった。

海鮮丼でふと思い出した事がある。

子供の頃に親戚が集まると寿司でも取ろうかって日が年に一度か二度ぐらいあった。

まさか特上が食いたいなどとは言えないが、かと言って並ってのもつまらんなと思い、品書きを見ていて思いついたのが鉄火丼だった。

並の握りとそう変わらない値段だったのだ。

しかも食べてみると、これが不思議と旨い。

いつも頼む寿司屋の握りは昔ながらの大きいシャリに代わり映えしないネタしかないものだったのだが、鉄火丼はやたら旨く、そして美しく感じた。

握らない方が旨い、そういう寿司屋もあるもんだ。

それに茶碗蒸しもその日は頼めたので、食べざかりの身にはありがたかった。

パナソニックが「LUMIX GX10(GX7 MarkIV?)」を、2020年初頭に発表する!?

ふと年始に思いついたのが、RX10とGRⅢが揃えられないかな、と。

うん、ちょっと金額面で無理かな。

小銭貯金も言うほど貯まっているわけでもなく、少し不安。

うーむ。

ライフスタイルというのかカメラスタイルがだいぶ変わり、MFTである必要性が無くなってきた感があるのだ。

MFTは素晴らしいと思うのだが、今そしてこれから必要なのがMFTかどうかと。

そこで思いついたのがRX10で、M4ならばもはや他に何もいらないのではないかというぐらいのスペック・・・ただ重いデカイ。

それプラスでGRはどうだ。

やはり自分にとってはGRは特別だ。

うーん。

最近は何かとGM1なんですよね。

GM1は凄い。これを作ったパナソニックは凄いと思う。

これに抜群の切れ味のズミルクス15mmを組み合わせておけば、これで良いやってなる。

このズミルクス15mmと25mmは手放せない。

極端な事を言えば、MFTはこの二本のレンズがあれば成立してしまうかもしれない。

うーむ。

GX7が自分と合っていないのか、個体的に良くなかったのか、性能面なのかわからんが、GM1の方がキレがあるんだよな。

どうもパナソニックのMFT機って、表面的なスペックとかだけじゃなく、何か微妙に機体差と個体差があるんだよね。

オリンパス機を使おう、OM-D・EM-5のMk2かな、とも考えていたんだけど、ちょっとまだ思いきれない(Mk3でも良いんだけど)

それでレンズも12-100も揃えてしまえ、となるとお値段もそれなりにしますからね。

そうなるとRX10でええやないか、となってくるわけです。

MFTは単焦点専用システム化してしまって、あとはRX10という手。

MFTはMFTで一台欲しいですね、やはり。

GX7とGM1を売払い(大した金額にはならないだろうが)、単焦点専用システムに相応しい一台となるとG8あたりかEM-5か。

何だか泥沼というより地獄絵図な思考回路になってきました。

とりあえずRX10をどうやって手に入れるか、ついでにGRも、という事を今年は考えていきたいところです。