展望2018.3.2

モンスターカメラに、大注目のα7 IIIまで。CP+2018の記事まとめ #CPplus
α7あったらいいなぁ。
きっともっとたくさん撮りまくるだろうなぁ。
なんて妄想は妄想だけにしておきます。

惜別現行型ジムニー!! ジムニーが新型にチェンジする事情、そしてパジェロミニという唯一のライバルをふり返る
パジェロミニは何度か買いそうな勢いになったことがあります。
いいっすよねーこのデザイン。
惜別現行型ジムニー!! ジムニーが新型にチェンジする事情、そしてパジェロミニという唯一のライバルをふり返る
ジムニーも大好きなデザインなのですが、自分みたいな性格にはパジェロミニの方が合ってる感じがします。

グローバルに逆行する「Xperia XZ2」に勝算はあるか XZ1から大幅な仕様変更で機能向上
XZ2は気になってましたが、さらに逆行癖のある自分はXZ1にしました。
タイミングってのもありますが、触った感じとデザインでした。
XZ2は正直XZ1より好きなデザインではありません。
XZ1のデザインを踏襲されていたらかなり気になっていたかもしれませんが・・・
個人的にXperiaの次の大本命はデュアルレンズ搭載モデルです。
記事では超高感度モデルとのこと。
これはかなり気になるところです。
SONYのセンサー技術はやっぱし凄いもんです。

伊賀忍者と甲賀忍者は仲良しだった! 伊賀市長が史料を発見
我が生まれ故郷の伊賀と甲賀ってすぐ近くですからね。
歩きではけっこうかかりますが・・・
伊賀と甲賀と言うと同じぐらいの感じになりますが、伊賀って一国ですからめちゃくちゃ広いです。
名張も島ヶ原も青山も伊賀ですから。
名阪で伊賀へ差し掛かると何となく空気が変わるんです。
やっぱ好きなんでしょうね、伊賀。
子供の頃はバスで伊賀まで行ってました。
三重交通の味わい深いバスです。

「低すぎる最低賃金」が日本の諸悪の根源だ
このおっさんの言うことを真に受けてたら大変なことになりまっせの代表格みたいになってきましたな。

最低賃金が○○の国と比べて騒ぐ人がアホなのです。っていう一連のツイート

こういうお金の「価値」の話しってインフレって言葉理解できいていれば簡単な話しなんですけどね。
アメリカへ行った際にレストランの昼食で一人3000円以上かかって、チップまで入れたらとんでもない額になったのですが、ようするにアメリカは日本よりインフレなんです。
アメリカ人の1ドルと日本人の1ドルは当価値ではないんです。
また為替レートでも変わるってのもあります。
宿泊先にあったバイキング形式のレストランが一人40ドルぐらいでしたが、1ドルが90円と110円ではだいぶ違いますね。
1ドル90円時代を知ってますが、学生でも気楽に海外行ってました(無論行けない人もいましたが)
今は円安傾向なのとアメリカは完全にインフレ傾向なのでお得感はないですね。
だから海外渡航者数が減ったんです。
オーストラリアでは旅行者数が逆転しましたね。
日本の物価が相対的に安いんです。
ビッグマック指数ってのを見りゃ一目瞭然なんですが、アメリカは日本の1.5倍ぐらい物価が高い上に円安ドル高傾向ってのを考えたらいろいろとわかると思います。
ただし、日本の経済の現状がとても良いという話しではありません。
それは別個の話しですね。
出羽守界隈やらの言うことなんて適当なもんですよってことです。
あんだけ騒がれていたトマ・ピケティの『21世紀の資本』って本がありました。
もう忘れられていますね。
実はみんな読み切れない トマ・ピケティ『21世紀の資本』を簡単図解 恥をかかないために
あんだけピケティガー資本ガーと言っていた人達はどこへ行ったのでしょうって感じです。
最低賃金がどんだけ上がろうが、根本的に利益率(r)>成長率 (g)だってことです。
アメリカだろうが中国だろうが、経済発展すればするほど経済格差が広がっているってことです。
出羽守界隈が何と言おうが、それが真実だってことをピケティ大先生が証明しちゃったわけです。
最低賃金を上げたらみんながみんなその最低賃金をもらえる状態かどうかってことや、最低賃金が上がっても物価の上昇が伴うので暮らし向きが本当に豊かになっていくかどうかはわかんないわけです。
そういや最近流行りの中国スゴイ日本ダメ論ってのがあります。
中国は日本を経済規模では追い抜きましたが、実体経済的にはまだ抜けてません。
チャイエスやらがそこらにある間は実体経済の差があるってことです。

うつ病の原因にもなる、「心」のフタって何?
言葉によって私達は認識行為をしているんです。
「うどん」がある、と言ってもそれは言葉による定義によって「うどん」というものが存在していると認識しているわけです。
実体として「うどん」というものが本質的に存在しているわけではありません。
「うどん」と規定される存在は物質的に瞬間毎に変化し変化させられ続けているので、「うどん」という認識において存在している「うどん」と、物質的に存在している「うどん」と認識している対象の物質とは乖離しているわけです。
なので「うどん」という存在は「うどん」として常に自ら有るわけではないということですね。
「自分」というものの存在も「うどん」と同じ状態の存在であるということです。
言葉によって定義し認識することによって仮に「自分」というものを設置し運用していることで成り立っているのです。
言葉そのものも仮に設置されている存在であり、言葉の一つ一つが存在と存在との相対性の中でその存在を言葉として仮に規定していくものであるのです。
つまり言葉によって形つくられている「自分」というものは相対性であるわけです。
相対的な存在であるというのが実体の状況であるので、葛藤であるとか二面性であるとか矛盾であるとか、そういった状態が発生するのが当たり前なわけです。
絶対というものは言葉としては存在しても、本質的に存在していることがないからです。
私達の規定する「絶対」という言葉を言い換えれば白か黒かであったり、完全か無かであったり、いろいろとあります。
二進法ってのもそうでしょうね。
私達ってのは、常にこの二進法的な考え方に縛られるものです。
私達の存在は二進法では処理できないわけです。
無限に近い数字の◯進法になる存在なわけです。
ですが私達ってものは二進法で処理する文化文明発想その他を持っていまして、その二進法的な処理が良いんだと思ってしまって、それで何もかも全部片付けようとすると無理が起こるわけです。
絶対にこれが正しいんだー、って人ほど無理が起こっていると言えます。
車の運転で考えたら、サーキットの走り方が絶対に正しいんだ全開走行じゃーって言って、どこでも全開走行してたらエンジンが焼けちまったぜってことになります。
うつってものは、そういう状況で起こるもんかなと思ってます。
閑話休題。
以前にあるお医者さんに「君はうつ病にはならんタイプだな」って言われたことがあります。
それがどういう意味なのかは、どーでもええですね。
健康第一。