展望2015.5.16@VAPE X8J&ハスラー

X8Jを使い出して3ヶ月が過ぎた。
いろいろわかった。
とりあえず快適に使うには2本あると良い。
リキッドは海外から仕入れるのが良い。

味が落ちるとか煙が少なくなるというのはコイルユニット(4個で千円)で解決する。
正直ネットでは味が悪いとか安かろう悪かろうと叩かれる存在のようだが、逆に今の相場ならコスパは悪くないと思う。
消耗品のコイルユニットが割りと簡単に安く手に入るので。
味を追求するなら他のものがいいだろうけど、とりあえず安くそしてなるべく満足度を保つなら悪くない選択肢の一つだと思う。
バッテリーさえ死ななければコイルユニットの交換だけで良い模様だ。
リキッドも海外から仕入れたら安い(仕入先は有名所でいい)
お金をかければいくらでも高性能なものは手に入るが、コスパを考えると微妙である。
コストパフォーマンス&バリュー・フォー・マネー
費用対効果と費用対満足度
これである。
その評価ラインは人それぞれだが、価格・効果・満足度の三点のバランスが大事だろう。

最近スズキのハスラーをよく見かける。
妹も買った。
売れまくってる。
自分も次はハスラーがいいかなとも思う。
ホンダのエヌワンも欲しい。
でもアトレーにしたいな。
自分も軽自動車に乗り出してわかったけども、軽自動車は良い。
運転が実に楽だ。
普段はMRワゴンのカナブン太ばかり乗っている。
12年落ちのポンコツ寸前かと思いきや、なかなかよく走るし運転が楽なのだ。
燃費性能とシートの座面がもう少し良いといいけど、そのあたりは最新型の軽自動車には敵わないところだ。
それ以外は概ね満足している。
なんせ28万円で仕入れたのだから。
費用対効果、費用対満足度が実に高い。
しかしこれが新車で140万とかだったら評価は変わるだろう。
昨今の自動車は20年前の水準と比較するとどれも値上がりしている。
スカイラインなんかは倍以上の値段になった。
軽自動車は150万越えが当たり前のようになった。
排気量やサイズも大きくはなったが、材料費や装備が大幅に変化したからだろう。
しかし、人間の頭に刷り込まれたイメージはあまり変化しない。
どれだけ性能が上がったと言われても、R32やR33から比べて今のスカイラインが倍の値段分、高性能になったとも思えない。

車が売れなくなったという。
正確には、売れているけどメーカーの思うような売れ方ではないのだろう。
若年層の車離れとも言う。
収入が増えないのが最大の理由だろうが、買う層は必ず存在するし、買っているのである。
メーカーが思うような売れ方でないというだけだ。
実際問題軽自動車は売れている。
アクアは売れている。

車離れとか泣き言言うべきでない。
商売する者がそんな事を言うべきでないのだ。
どうすれば良いのか?
簡単である。
売れる車を作れば良い。
本当はメーカーもわかっているはずである。
何を作れば売れるかを。
儲からないからやらないだけだ。

今の40代以下の世代の価値観で言えば、もう今のメーカーの考え方は通用しなくなってきた。
ブランド戦略・プレミアム路線はそのうち崩壊するだろう。
僕はレクサスもBMWもメルセデスもアウディも買わない。
お金があっても買わないだろう。
高性能ではあるが、費用対効果と費用対満足度を考えると微妙だからだ。
ブランド戦略・プレミアム路線というのは「固定化された価値観とイメージ」によって成り立つ。
これからはより多彩で豊富な情報の世界になる。
そしてより「数字」の世界になるだろう。
どれだけ高性能でも、どれだけ多機能でも、費用対効果と費用対満足度がなければ売れなくなる時代になる。
現に軽自動車とハイブリッドが売れるというのは、その証明ではないのか?
googleやアップルが自動車産業に乗り込もうとしている。
自動運転の時代もやってくる。
メーカーが考えるべきことは、今の儲け方ではなくて新しい儲け方だろう。
自動車の構造的スマホ化がやってくる。

僕自身はgoogleやアップルが作る車は乗りたくない。
やはり既存の自動車メーカーの車の方が完成度、エンジンやミッションやサスペンションの信頼度が高いからだ。
しかし、「規格」が変わるとその価値観も吹っ飛ぶ。
要するにgoogleやアップルはそれをやりたいのだ。
既存の車の「規格」ではgoogleやアップルの自動車は太刀打ちできないだろう。
電気自動車になっても、それは変わらない。
テスラのような路線ぐらいでしか既存メーカーには対抗できない。
しかしgoogleやアップルの望む「規格」になれば、それが一変する。
生産開発から流通販売そして使用の全ての構造変化という観点での「規格」の変化である。
googleやアップルの参入は単に自動運転やナビゲーションとの連動機能や電気自動車化という話ではないのだ。
買い手の価値観まで変化させようとする。
社会のおける自動車利用の方法まで変えようとする。
そこまでやりたいのだ。
それはそれで楽しみのような気がするし、見たくない世界のような気もする。